会場写真
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Photograhpic Devices / 複数の写真装置
写真は「あるものを別のものに変換するしくみ」です。
ここでは写真があるものを別のものに変換することを「写真的な変換」と呼ぶことにします。
そして『Photographic Devices / 複数の写真装置』では、「写真的な変換」の原理に基づき異なる現実同士を翻訳する複数の装置を展示します。
通常のカメラを含む写真装置のUI(ユーザー・インターフェイス)は、例えばピントや絞りの調節といった操作を通じて「写真的な変換」のプロセスに私たちが関わることを許してくれます。
この部屋には異なるゲームを写真的に変換する《Naught & Nims / 三目並べと石取りゲーム》や、地球上の位置とユーザーの操作を写真に変換する《Locus Stellarum / 星々の場所》といった複数の写真装置があります。こうした装置の目的は複数の現実をつなぐ「インターフェイス=境界面」としての写真の魅力を提示することにあります。
しかし「インターフェイス」としての写真を否定的に捉える視点も存在します。
teamLabは「人間はカメラのように世界を見ていない」
という2024年のステートメントで、カメラを通した世界認識を次のように批判しています。
レンズを通して世界を撮ると、
①表示される画面が境界となり、境界の向こう側にレンズで切り取った空間が出現します。身体のある世界と見ている世界の間に境界が生まれます。当然、映像の中の物体に触れることは認知上不可能です。
②そして、視点が固定され、無自覚に身体を失ってしまいます。
③本来、人間の視野は広く、視線とフォーカスは動き回りますが、レンズで撮った世界はフォーカスが1点で動かないため、視野が狭くなり、意志を失います。
ここでは「身体」や「意志」を失うことが人間性の喪失として否定的に捉えられています。
しかし、私はここに別の可能性を見出したいと思います。
身体や意志を「失う」経験は、あらたな生を獲得するきっかけになるのではないか。
人間の身体性や認知システムに囚われたもののみかたは、私たちのものの考え方や行動をパターン化し画一的なものにしてしまいます。
私たちはみたいものしかみることはできません。自分が何をどのように見ているのか、あるいは見ようとしているのか。その構造を客観視することなしに、真に自由な眼差しや生を獲得することはできません。
写真装置のUIを操作しながら、複数の現実が混じり合う境界の変化を見つめていると、私たちの世界では得ることのできない感覚と出会うことがあります。こうした人間的ではない感覚を経験することは、私たちが「みたい」と思うもの——欲望それ自体を書き換えるために重要な役割を果たします。
写真的な変換を可能にする装置をデザインすること。またそうしてデザインされた写真装置を通じて行動し、複数の現実と私たちの世界との境界で人間的ではない感覚を経験すること。本展では、このようなことを通じて、写真のあらたな魅力をお伝えできれば幸いです。
佐久間大進
会場写真
1. Naughts & Nims / 三目並べと石取りゲーム
Naughts & Nims / 三目並べと石取りゲーム
先手が「三目並べ」を後手が「石取りゲーム」をプレイし、対戦するゲーム。《2. Locus Stellarum》と同様に「カメラ」のしくみを分解し、特定の要素を抽象化して再構成したカメラ=写真装置。
写真における「景色」と「像」を「三目並べ(9次元)」と「石取りゲーム(1次元)」に置き換え、ある空間を別の空間に変換する「写真的な変換」を行う。
プログラムは先手が三目並べで打った手を石取りゲームに変換し、後手のプレイ画面に反映する。後手が石取りゲームにおいて打った手も三目並べに変換し、先手のプレイ画面に反映する。
二人のプレイヤーにとって双方のゲームは等しく現実性を持つ。これは写真的な変換が相互性を持つことを示唆する。
『論文集2025』に掲載されている拙論「変化に開かれた対話」における「間世界観の対話」のコンセプトの具現化でもある。現代社会における「すれ違った対話」や「分断」へのオマージュ。
永田康祐《三目並べと数字ゲーム》2022も参照。
アクセス:naughts-and-nims.vercel.app
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Web application
Next.js on Vercel
2026
2. Locus Stellarum / 星々の場所
Locus Stellarum / 星々の場所
端末の位置情報とユーザーの美的な判断に基づいた操作を、オリジナルなビットアートに変換する装置。
不可逆な暗号化技術を変換プロセスに組み込むことで、その場所でしか撮ることのできない写真の撮影を可能にした。
ユーザーは露出を調整することで画像を調整し、任意の図像を見出すことができる。
撮影ボタンを押すと、画像が端末に保存される。その際、カメラ名と撮影地、撮影年月日や露出の設定が画像の左下に焼き込まれる。
ユーザーは画像を撮影し、友人とシェアしたり端末に保存し、のちに見返すことができる。
古代の人々が人間的なストーリーを星々の世界に結びつけ星座を見出したように、本作においても写真的な装置(=不可知なシステム)のあらわれを操作する行為を通じて、記憶や感情がイメージと結びつけられる。
アクセス:stellarum.vercel.app
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Web application
Next.js on Vercel
2026
3. Humane Attention / 人間的なアテンション
Humane Attention / 人間的なアテンション
YouTubeに毎秒6時間分(毎分15日分)のペースで動画が公開されてゆく様子の再現。
タイトルにもなっている「人間的なアテンション」は人間が生きている間に注目するものごとの総量を指す。
本作ではそのアテンションが対象にするところのものとそうではないもの(人間的なアテンションの対象と非対象)の対比に焦点を当てた。
《4. La reproduction interdite》とあわせて、私たちの認知のあり方や現実の意味づけを取り扱う作品。いわゆる「情報」と呼ばれるものと人間的なアテンションとの関係についての省察。
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Video
iPhone 6s
2026
4. La reproduction interdite / 不許複製
La reproduction interdite / 不許複製
生成AIが出力した画像と、それを人間が再現した画像をペアで展示するシリーズ。仏題はルネ・マグリットの《不許複製》1937より。
本バージョンではGemini 3 Pro Imageによって生成されたカルボナーラの画像を再現。
Gemini 3 Pro Imageの出力した画像に基づいて、スパゲッティの太さやベーコンの脂の入り具合、盛り付けの細部を調整。構図の構成やレタッチ処理なども再現した。
Geminiの採用した麺は2.0mm程度で、見栄えは良いがフライパンの中で麺を煮る時間の少ないカルボナーラには合わない。厚切りのベーコンも、旨味を引き出すためにはもう少し薄く切った方がよい。
こうした事実は、AIが人間のように実体と結びつけて現実世界の意味を理解していないとする「記号接地問題」を示唆する。
しかし私たちの「接地」している現実はどれほど確かなのか。私たちが「接地している」と信じる現実にも、すれ違いや錯覚の余地はある(《1. Naughts & Nims》)。
またAIやカメラも私たちの知覚できない現実(光学現象や化学現象など)と「接地」しているかもしれない(《2. Locus Stellarum》)。
こうした意味で「Photographic Devices」は「我々が接地していない現実」について言及しており、その文脈において、本作は記号接地の無為化や皮肉でもある。
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Gemini 3 Pro Image
Inkject Print on Photograhpic Paper
2026
G-101, L13, Kyoto City University of Arts.
Daishin Sakuma: photographic devices, 2026.